社長の一言集
第227号「福を身につける三つの道」
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「福を身につける三つの道」
2025年227号
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10年以上も昔のお話です。
松下幸之助翁の愛弟子であり"ミスターファックス"と呼ばれた木野親之先生から教えて頂いた「経営の四つの道」というものがあります。
それは4段階あって
経営者が絶対やってはいけない、人を騙す「邪道の経営」。
我が世を謳歌し、威圧的な力による「覇道の経営」。
競合のない世界での、ブルーオーシャン戦略による「王道の経営」。
世の中への貢献、人の幸せを目指す、正に究極の経営「天道の経営」です。
最近の世界情勢をみていると、経営だけではなく政治の世界にもこの4段階の道があるようです。
米国のリーダーから発せられる、常識を逸脱した「騙す」「理不尽な要求」による「邪道と覇道の政治」です。
世界が混沌とする中で、思いやり、誠実さ、信念を持って「王道と天道の政治」ができる真のリーダーの登場を願います。
中国、前漢の武帝の時代に、司馬遷によって編纂された歴史書の史記(南越列伝)に「禍福は糾える(あざなえる)縄のごとし」という言葉があります。
これに付随して明代の哲人、呂新吾は、こういう言葉を残しています。
「福を無形に造り、禍を未然に消す」
人の知らない間に福を造り、それが起こる前に禍を防いでおく。
トップのリーダーシップのあるべき姿を示して、これ以上のリーダー像はない。と言われています。
又、福について更に詳しく解説された、故・渡部昇一先生の言葉があります。
藤尾秀昭 監修 『人生百年時代の生き方の教科書』(2024年 致知出版社 刊)より
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『福を身につける三つの道 』渡部昇一 著(当時/上智大学名誉教授)
ー惜福・分福・植福ー
「福や運を論ずるのはあまり高等ではないように思われるが、人が一生懸命努力したり、苦労したりするのは福を得るためなのだから、福について考えるのは悪いことではない」
幸田露伴はこう述べます。悪いどころではありません。
福についてしっかりとした考えと態度を持つことは、これこそ人生の要訣です。
露伴は福を身につける三つの道を示します。
「惜福」「分福」「植福」です。
運が巡ってきて福に恵まれます。そこでどうするか。
恵まれた福を使い切らず、その福の一部を見えないところを巡っている運にお返しするような気持でとっておく。
その心掛けが惜福です。
露伴は母親に新しい着物を作ってもらった兄弟を例に述べます。
一人は古い着物はまだ着られるのに行李(こうり)の底に放り込んで黴(かび)だらけにし、新しい着物を毎日着てたちまち着崩してしまいます。
一人は古い着物は日常着とし、新しい着物は改まった場で着るようにします。
前者には惜福の工夫がなく、後者の態度こそ福を惜しむということだ、と露伴は言っています。
ー自分に来た福を他に及ぼしていく積極性ー
「幸運は七度人に訪れる」という諺があります。
その一方、自分は悲運続き、一度も運に恵まれなかった、と嘆く人がいます。
本当にそうでしょうか。
七度訪れるかどうかは別にして、仔細(しさい)に見れば、運とまったく無縁の人などいるはずがありません。
問題は、微(かす)かにでも巡ってきた運を感じ取り、有難く受け止めることができるかどうかです。
どのようなものであれ、自分に巡ってきた運を感じ取り、感謝する。
この心が惜福を心掛け、惜福の工夫をする土台になります。
惜福は自分に来た福をどう扱うか、言ってみれば自己一身の問題で、どちらかと言えば福に対処する消極的側面です。
しかし、これだけでは十分ではありません。
自分に来た福を他に及ぼしていく積極性がなければならない、と露伴は述べます。
それが分福です。
自分に来た福を自分で使い切らず、いくらかは分けていく。
分福は特に人の上に立つ者にとっては不可欠の心掛けだと言えましょう。
惜福と分福。この二つは同じように心掛け、工夫するものであって、どちらか一方に偏しては自分に来た福をさらに膨らまし、永続させていくことはできません。
惜福と分福は自分に来た福への対処の問題です。
だが、福に対して受け身であるだけでは、万全とは言えません。
いつになるかは分からない。どこに行くのかも分からない。
だが、いつか誰かに巡っていく福の種を蒔き、幼木を植えておく心掛けと工夫があってこそ、福は万全のものになる、と言えましょう。それが植福です。
「福を論じて最も重要なのは植福である」と露伴は言い、一本のリンゴの木を譬(たと)えにして説明をしています。
リンゴの木を植え、適宜(てきぎ)剪定(せんてい)をして木を長持ちさせるのは惜福です。
そうして豊かに実った果実は自分が味わうのはもちろんですが、自分だけでなく他にも分けて楽しみます。
分福です。
さらにリンゴの種を蒔き、幼木を育てリンゴの木を増やしていきます。
増やしたリンゴの木がつける果実を自分は味わえないかもしれません。
だが、子や孫と次の世代がそのおいしさを堪能(たんのう)できるのは確かです。
これが植福です。植福とは福を作り出すことなのです。
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今、世界は、2024年3月時点で全世界合計324兆ドル(約4.6京円)という過去最大の債務残高をかかえています。
子供たちだけではなく、その子孫までリンゴ果実どころか多額の債務を残してしまいました。
惜福、分福をしっかり心掛け、未来の子や孫のために植福を目指すことの大切さをリーダーが見失っていたのです。
手遅れにならないうちに、「福を無形に造り、禍を未然に消す」取り組みが必要です。
禍福が、禍負苦にならないために。
株式会社リゾーム
代表取締役 中山博光