社長の一言集
第242号「百尺竿頭(かんとう)進一歩」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「百尺竿頭(かんとう)進一歩」
2026年242号
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
令和8年7月熊本震災、8月千葉豪雨により
被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
酷暑が続く中、不便な生活を余儀なくされている
様子を伝える報道等に心が痛みます。
被災地の皆さまの一日も早い復旧・復興を心よりお祈り申し上げます。
---------------------------------------------------------------------------------
それでは、今月のご案内をお届けいたします。
現在、上野の東京国立博物館では、『弘法大師生誕1250年記念特別展「空海と真言の名宝」』が開催されています。
私が鑑賞した日は、多くの来場者で賑わい、チケット購入には30分以上を要しました。
館内も熱心な人々であふれ、年配の方をはじめ、中年層、若い世代、さらには訪日外国人の姿も多く見受けられ、皆が全国各地から集められた貴重な秘仏や、古文書など一つひとつの展示に深く見入っておられました。
空海(弘法大師)の教えは、平安時代から戦国時代にかけて、幾度となく繰り返される争いや天災、飢饉に苦しむ人々の心に寄り添い、大きな支えと救いを与えてきました。
現在の貧富の差の拡大、覇権国の侵略戦争、水、エネルギー、食糧の枯渇等、規模は違えど当時の世相と重なって見えたのは私だけでしょうか。
限りない勝利と独占を追い求めるその先には、どんな未来があるのでしょうか。
松原泰道、五木寛之対談集『いまをどう生きるのか』(2011年9月 致知出版社 刊)より
------------------------------------------------------------------
松原
「百尺竿頭(かんとう)進一歩」という言葉がありますね。
百尺の竿(さお)を登ってそれからさらに一歩進む。常識で考えると、そこで一歩進んだら落ちてしまいます。
では、これはどういう意味なのかというと、登山を考えればわかるんですね。
富士山のてっぺんに上って「進一歩」ってどういうことかといえば、谷に落ちることではなくて麓(ふもと)へ戻ることなんです。やっぱり出発地点へ戻ってこなければいけない。
五木
おっしゃる通りです。登山は登って終わるものではなくて、もう一度その麓まで下りてこなければいけない。
これは人間も同じで、ある年齢からゆっくりゆっくり優雅に落ち着いて下山していかなければいけない。
松原
中学生の時の英語の教科書に英文の格言がたくさん載っていました。
日本に無いようなおもしろいのがありましてね。
そこに「旅とは出発点へ戻ることである」というのがあった。
そのときは当たり前すぎて笑っちゃったんですけど、いまになってみればね。
五木
なるほど。行きっぱなしでは旅じゃないですね。戻ってくる。それで旅。
当たり前だけど、味のある言葉だなぁ。
しかし、私は最近、この「往還」という考え方を、あの世への行き来ではなく、この世に生きているあいだの姿勢と思うようになりました。
それは回心(えしん)。回心によって人は一度、これまでの自分を滅する。生きながら死ぬのです。
そして浄土にめざめて、生きなおす。新しい人生に目覚め再出発する。それを「往還」と考えるのです。
松原
悟って、また元の煩悩に戻ってこそ他を救うことができるのです。ですから真宗に限らず仏教では還るということを非常に大事にします。
また死んだときに書くお位牌(いはい)にも、新還とか新帰元(しんきげん)という法名の冒頭に書いてありますね。還るということを大変に大切にされますね。
------------------------------------------------------------------
最近、世界や日本国内でも、「今だけ、金だけ、自分だけ」という「三だけ主義」が、より目立つようになっています。
しかし、今こそ「百尺竿頭進一歩」の心を胸に、創業の精神に立ち返り、往還の姿勢で、学びの旅を続けてまいりたいものです。
株式会社リゾーム
代表取締役 中山博光